60代の少女
「ま、それより。油の黒、きらしました。それから筆が大分悪くなってきたんで、一式」
「はいよ」
一二三は反対側の棚に回ると、ごちゃごちゃした画材の中から、正確に注文したものを抜き出してきた。
「しかし卸したての筆だと逆に描きにくいだろ?」
「しばらくは展示会もコンペもないんで。まずは小さな作品で筆が慣れるまでやりますよ」
「あれ?でも2月にデカイやつあっただろ?」
「・・・師匠が、それは見送れって」
「なんでまた?」
「さぁ?息子の一二三さんが判らないことを、ただのイチ弟子の俺に、判るわけないじゃないですか」
元博は軽く肩をすくめてみせた。正直、2月の展示会に作品を出せないことは、自分でも納得がいっていないが、師事している身、従うしかないのが悲しいところだ。自分以外にも、優秀な弟子たちを師匠は何人も抱えている。
「でも親父は、お前には本当に期待してるんだぞ。さっきの言葉は嘘じゃない」
慣れた手つきで、この店の主人は画材を袋に入れていく。
元博はそれを一瞥してから、聞こえないように、小さくため息をついた。
「・・・そうですかね」
「そうなんだ」
言うが早いか、一二三は元博の懐に画材の入った袋を放り投げる。
「御代はあとでいいぞ。どうせ今日もアトリエに来るんだろ?」
「ええ、夕方来ます。大学の図書館に、返す予定の本があるんで」
「なんだ、デートの予定とかないのか。青春真っ盛りの大学生が」
「残念なことに」
本日二度目の苦笑いを残して、元博は店を出た。
「はいよ」
一二三は反対側の棚に回ると、ごちゃごちゃした画材の中から、正確に注文したものを抜き出してきた。
「しかし卸したての筆だと逆に描きにくいだろ?」
「しばらくは展示会もコンペもないんで。まずは小さな作品で筆が慣れるまでやりますよ」
「あれ?でも2月にデカイやつあっただろ?」
「・・・師匠が、それは見送れって」
「なんでまた?」
「さぁ?息子の一二三さんが判らないことを、ただのイチ弟子の俺に、判るわけないじゃないですか」
元博は軽く肩をすくめてみせた。正直、2月の展示会に作品を出せないことは、自分でも納得がいっていないが、師事している身、従うしかないのが悲しいところだ。自分以外にも、優秀な弟子たちを師匠は何人も抱えている。
「でも親父は、お前には本当に期待してるんだぞ。さっきの言葉は嘘じゃない」
慣れた手つきで、この店の主人は画材を袋に入れていく。
元博はそれを一瞥してから、聞こえないように、小さくため息をついた。
「・・・そうですかね」
「そうなんだ」
言うが早いか、一二三は元博の懐に画材の入った袋を放り投げる。
「御代はあとでいいぞ。どうせ今日もアトリエに来るんだろ?」
「ええ、夕方来ます。大学の図書館に、返す予定の本があるんで」
「なんだ、デートの予定とかないのか。青春真っ盛りの大学生が」
「残念なことに」
本日二度目の苦笑いを残して、元博は店を出た。