60代の少女
返却日を描き終えた右手のペンを、元博はペン立てに戻した。
「そんなの人それぞれじゃないですか。俺が面白かったって言っても、次に借りる人間が面白いと言うとは限らないし」
「相変わらずクールねぇ・・・」
「論理的、と言って下さい」
「論理的な画家なんて、つまらないわよ?」
「・・・放っておいて下さい」
「―――あの―――」
不意に第三者の声で、2人の会話は途切れた。
見ると、元博の右斜め後ろに、少女が小首をかしげて立っていた。
最初に目に入ってきたのは、
(本当に大学生か?)
と、疑いたくなるような童顔だった。
大きな目に小さな鼻は、いいとこ高校に入学したばかりの女の子にしか見えない。
背も、一般的な女子大生と比べれば、確実に小さい方に入る。
しかし彼女の胸元に輝いているのは、間違いなくこの大学の校章だった。
少女は元博の隣に並んだ。元博と並ぶと、頭1つ以上違う背が浮き彫りになる。
「田崎いちです。予約してた犬山守男の―――」
「ああ「赤い大地」ね。丁度今、返ってきたトコよ」
江梨子は、今元博が返したばかりの本を少女に手渡した。
「感想は彼に聞いて」
そう言って、ひとさし指を掲げる江梨子の指先には元博。
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