60代の少女
そういえば四五六の個展の話を聞いて、真っ先にチケットを求めてきたのは麟太郎だった。元博としても、手持ちを売り切るのを命じられていた為、その申し出をありがたく受けたが。
「これを見れたら死んでもいい、なんて言っててな。まぁうちの婆ちゃんは元気すぎるってくらい元気だから、しばらくくたばらないだろうけど」
「…芳名」
「…へいへい」
このままにしておくと麟太郎の身内話が延々と続きそうだったので、元博は無理やりというに近い形で、彼にボールペンを手渡した。麟太郎も大人しくそれに従う。
芳名を終えた麟太郎は、元博を伴って、ギャラリーの作品群へ足を踏み入れた。
「そういや元博、正月はどうするんだ?」
「帰る…と言いたいところだけど、この後始末があるから帰れないな」
「大変だねぇ…」
完全に他人事の声で麟太郎が言う。
「師匠がもっとしっかりしてくれれば、俺も帰れるかもしれないけど」
「…そこまで言うか」
「そこまでも何も、事実だし」
「―――聞こえてるぞ」
不意に背中から聞こえた声に、二人は足を止めた。
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