60代の少女
「元博って、実家何処なの?」
食事をしながら、唐突にいちが訊いてくる。
考えてみたら、自分の事をあまり彼女に話していない。
「…埼玉」
「実家から通えないの?」
「通えるけど…ま、一人暮らしを経験しておくのも悪くないかなって」
正直、子供の頃から不自由した事はない。
だが不自由した事がないからこそ、したくなる「不自由」がある。
「…寂しくない?」
「まぁ、会おうと思えばいつでも会える場所にいるしな」
「ふーん…そっか…」
あまり気のない声で、いちが相槌をうつ。
その表情が、消えそうなくらいに切なかった。
手を伸ばしたら、届く位置にいるのに、伸ばしたらその手が透き通ってしまうのではないかというくらいに。
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