60代の少女
「…なぁ」
沈黙が急に不安になって、元博は食事の手を止めた。
正面で、いちが伏せていた顔をあげる。
「…泊まっていかないか?今日」
「…え?」
いちが目を丸くする。
「夜も遅いし、明日は講義ないだろ?」
「うん…」
「…ダメか?」
元博の言葉に、いちは不自然なくらいに目を瞬いている。
「不安だから」なんて理由、言えるわけもない。
いちはしばらく視線を泳がせていたが、やがて顔を伏せて、言った。
「…よろしくお願いします」
伏せた睫の向こうで、水滴が頬を伝うのが見えた。
「…ありがとう、元博」
その夜、腕の中にあった体温は、しばらく体に残りそうだった。
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