60代の少女
「・・・どこ行くんだ?」
筆を置いて、椅子から立ち上がった気配を察したのだろう。四五六は背中で、蔵の入り口に向かった元博に声をかけた。
元博は振り返らずに、肩越しに師の背中を見やった。
「描けないときは気分転換に勤しめ。・・・師匠に教わったことですよ」
重い蔵の扉を開放すると、夕方の冷たい空気が入り込んでくる。
小さな明り取りとランプしかない暗闇に慣れた目には、沈む西日は少々眩しい。その橙色の光線に、元博は目を細めた。
だが、その西日を遮る小さな影に、元博の目は留まった。
そこにいたのは、さっきの少女。田崎いち―――といったか。ともかくも、図書館で会った、あの少女だった。何をするでもなく、夕日を見ながら、まるで棒の様に突っ立っている。
元博は、声をかけるべきか、逡巡した。
―――が。
(・・・待てよ)
彼女が突っ立っているアトリエ正面の道。
この道は狭いが、大通りへ抜ける近道として利用する車も多い。
さらに十字路が多く、住宅街を通る道なだけに、死角も存在する。
もしこの道にトラックでも入ってきたら―――
筆を置いて、椅子から立ち上がった気配を察したのだろう。四五六は背中で、蔵の入り口に向かった元博に声をかけた。
元博は振り返らずに、肩越しに師の背中を見やった。
「描けないときは気分転換に勤しめ。・・・師匠に教わったことですよ」
重い蔵の扉を開放すると、夕方の冷たい空気が入り込んでくる。
小さな明り取りとランプしかない暗闇に慣れた目には、沈む西日は少々眩しい。その橙色の光線に、元博は目を細めた。
だが、その西日を遮る小さな影に、元博の目は留まった。
そこにいたのは、さっきの少女。田崎いち―――といったか。ともかくも、図書館で会った、あの少女だった。何をするでもなく、夕日を見ながら、まるで棒の様に突っ立っている。
元博は、声をかけるべきか、逡巡した。
―――が。
(・・・待てよ)
彼女が突っ立っているアトリエ正面の道。
この道は狭いが、大通りへ抜ける近道として利用する車も多い。
さらに十字路が多く、住宅街を通る道なだけに、死角も存在する。
もしこの道にトラックでも入ってきたら―――