60代の少女
元博は、もう一度、絵を見た。
絵の中に住む自分といちは、本当に幸せそうな顔をしている。
それは、いちがこのアトリエにやってるようになってからしばらく、毎日見る光景だった。
いちがコーヒーを入れて、元博のサイドテーブルに置いて、自分は彼女に「ありがとう」と言って。
いちが「どうしたしまして」と微笑むと、自分も自然に口元を緩めていた、あの光景。
四五六の言葉を無視して、じっと絵を見つめる元博に、四五六は言った。
「正直言って、今も俺は、お前といちちゃんのこと、認めてるわけじゃねぇ。この間も言ったが、お前らがお互いを思い続けてる限り、幸せになんてなれねぇ」
その故郷で聞いた「説教」が、頭の中で反復される。
彼女と自分を隔てている「時間の壁」は、誰にも超えることは出来ないのだと。
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