枕草子・伊勢物語
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男がすっかり寝入ってしまったのを見て、女はそっと床を出た。月明かりの下に身を晒し、その光を浴びる。汚れたその身を清めるかのように。
その時、女は門の外に誰かがいることに気付いた。じゃり、と道を歩む足音。
――こんな夜更けに。
気味悪く感じ、女は侍女を呼ぼうとした。
「お開け下さい」
しかし、その声に体が止まる。抑えた声も、戸を叩く小さな音も。
女は思わず庭へ駆け降り、足音を忍ばせて門へ向かった。さいわい、家の者はまだ誰も気付いていないようだった。
「どなたか、そこにいるのですか」
――ああ、間違いない。
女は耳をぴたりと木戸に当て、その声に答えた。
「あなた様、なのですね」
戸の向こう側でも、ひゅっと息を飲むのが感じられる。
「そなたか」
待ち続けた人が、この木戸一枚隔てた向こうにいる。