枕草子・伊勢物語
「長らくそなたを待たせてしまった。早くその顔を見たい、腕に抱きたい。さあ、開けておくれ」
 女はその声に耳を傾けた。声だけで体の中心がうずくようだった。だが、木戸に耳を当てたまま、それを開けようとはしなかった。

 ――わたくしはこんなにもまだ、この人を想っていた。
 女は心に蓋をするように眼を閉じた。息を整え、絞り出すように歌を詠む。

 あらたまの年の三とせを待ちわびて
  ただ今宵こそ新枕すれ
 ――三年、待ちました。ずっとずっと、あなた様を待っていました、でもこの夜に……。どうして今宵なのですか、どうして、もっと早くに。

 涙が零れないよう、何とか堪えている。どん、という鈍い衝撃が戸を伝ってきた。彼の人が握り拳で木戸を叩いたのだろう。
 しばらく、沈黙があった。身が凍るような低い声が、それを破った。
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