怪盗ブログ
「あ、あの、おか」
「佐紀子と呼んでくださいね」
『お母さん』を遮られた。
これは「親しみを込めて」という意味なのか、それとも「母と呼ばれる覚えはない」という意味なのか。
…怖い……!
「……佐紀子さん、せっかく食事を用意して頂いたのにすみませんでした」
意を決して続けると、佐紀子さんは笑ったまま何も言わない。
ああ……大貴早く!
「その、吐かれたって、大丈夫ですか?」
沈黙が恐ろしくて更に続けた。
「よくあることですから」
佐紀子さんはやっぱりにっこりしているけれど、どこか刺々しい。
初対面のときは優しそうに見えたのに……
あたしが怖がっているからそう感じるだけなのかな……
さすがに次の言葉が出てこない。
あたしは目をどこに向けていいのか決めあぐねて、佐紀子さんが着ている若草色の着物の柄をただ視線でなぞっていた。
そのうちに口を開いたのは、佐紀子さんだった。
「大貴と、恋人同士だと聞いたのだけれど」
何となく想像していた問いの一つに、落ちついて答えた。
「お付き合い、させて頂いています……」
佐紀子さんの顔に視線を戻すと、その表情はもう笑っていなかった。
呆れたような、残念そうな、そういう顔だった。
「どうしてそんな馬鹿な選択したのかしら」
驚いて声が出なかった。
「別れるべきでしょうね。あなたたちは」
体が声の出し方を忘れてしまったようで、何も言えない。
目が熱くなって、泣きそうになった。
そうしてやっと声が出た。
「あたしのこと、嫌いですか」
言い終わると我慢しきれず頬を伝った。
佐紀子さんはハンカチを出してそれを拭ってくれた。
「嫌いとか好きとか、そういう問題じゃなくて」
その表情はひたすらに悲しそうで、あたしは困惑した。
そこに一つの足音が近付いてきて、佐紀子さんは言いかけたままやめた。