怪盗ブログ


直後、ポツポツと降り始めた雨を避けるように、おばあちゃんと居間に入った。


「手はもう良くなったの?」


おばあちゃんは、ガラスのティーカップに紅茶を注ぎながら訊ねた。


「もう大丈夫だっておじいちゃんが」


橙色の座布団に正座をしてその様子を眺める。

ミスマッチだけれど、和室だろうと洋室だろうと、おばあちゃんはあたしにいつも紅茶をいれてくれる。

ただしおじいちゃんがいるときは緑茶。

おじいちゃんの好みなのだろう。


「よかったねぇ」


二人分注ぎ終えると、一方をあたしの前までずらした。


「うん!これで『あれも出来ないこれも無理』って周りに迷惑かけなくていいし。怪盗千季も復活!」


あたしは揚々と笑って、紅茶を一口飲んだ。


そんなあたしをにこにこしながら見ていたおばあちゃんは、まだ熱い紅茶を一気に飲み干した。


突然のことに、「うお!?」なんて心の中で乙女らしからぬ声をあげる。


「千夏は、この仕事が好き?」


おばあちゃんは空になったティーカップに、再び紅茶を注いだ。

思い掛けない質問に、答えを迷う。

わずか数秒の沈黙の間、雨が屋根を叩く音が意外にも大きいことに気付いた。


「好きとか嫌いとか、考えたことない」


そのまま、素直に答えた。

あたしは物心ついたころには、既にあらゆる訓練を受けていた。

それは盗みに必要な身体能力を高めるものであったり、ターゲットを見るための鑑定眼を養うものであったり、盗むために必要な思考力を高めるものであったりした。

あたしの場合、一番目以外はまるっきり駄目だったのだけれど。

一方で『秘密を守る』ことを徹底的にしつけられた。

自分たちのやっていることは、決して他人に知られてはならないことなのだと。


『やましいことだから――――』


でも、


「嫌いではない、かな。たぶん」


見境なくターゲットを選ぶわけじゃない。

私利のためにこの手を汚すわけじゃない。


「義賊井乃月、だしね。救われるものがあるなら、それもいいかな、って」


私利私欲のためならば、嫌だったかもしれないけれど。

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