怪盗ブログ
後ろから差し出されたにんじんをもぎ取り、振り返る。
振り返った先にあった擦り傷だらけの十星の顔は、やっぱり少し痛々しい。
昨晩と違って、血が滲んでいないだけマシだけれど。
「ありがとう。恩に着る。だから帰って」
「え、えええ」
引きつった笑顔で、小声でまくし立てた。
「来たばっかりなのに……」
どうしてこんなにのん気なのだろう。
リビングに、ほんの数メートル離れた場所に大貴が寝ているのに。
見つかって面倒なことになるのはこの男なのに。
何故あたしばかりが焦っているのか。
するとあたしの考えを察したのか、「ああ」と笑った。
「王子様なら心配いらないよ。ちょっと薬飲ませたから、騒がなければあと数時間は平気だと思う」
「なんなのあんた……」
怒りのような、呆れのような、ほっとしたような、消化しがたい気持ちになる。
十星の胸で大泣きした翌日にも感じたあれだ。
とにかく焦る気持ちは少し落ちつき、余裕を取り戻した。
「じゃあなおさら!今のうちにはーやーく帰って!!」
「えー?」
「えーじゃない!」
「……叫ぶよ」
……?
叫ぶ???
鳩が豆鉄砲をくらったような……顔をしているかどうかはわからないけれど、理解できていないあたしの顔を見てニヤッと笑った。
その不敵な笑みで、その意味に気付いた。
「性格わる……」
『騒がなければ起きない』大貴を『騒いで起こす』よ、ってことだ。
あたしにやましいことは何もないのだから、大貴が起きて困るのは十星のはず。
……なのだけれど。
十星の顔を見ていると、なんだかとばっちりを受けそうな気がしてくる。
「……用事は何ですか」
それを済ましてさっさと帰ってもらうしかない。