わたあめ―kimi to hajimete―
「綾乃ちゃん!そっちお願い!」
「はい!」
Xmasが忙しいって聞いてたけどここまでとは…。
店の中は満席で賑わっている。家族連れやカップルが殆どだ。
「綾乃さん、
ちょっといいですか??」
矢野さんがこっちにやって来た。
「はい、何でしょう?」
「あちらのお客様が
以前、綾乃さんのピアノを聴いて感動したので
また是非にと言ってるのですが……。」
手で示された先を見ると一組の老夫婦がこちらに向かって頭を下げた。
私も返して矢野さんを見る。
「分かりました。
曲は何にしましょう。」
「一応、聞いてきて下さい。
ない場合はお任せします。」
そう言って、矢野さんは調理場に食器を持っていった。
私は早歩きで老夫婦のもとに行き、リクエストを聞いた。知っている曲だったのですぐ更衣室で着替えてからピアノのを奏でる。
(これだったよね…?)
チラッとさっきの老夫婦を見ると、楽しそうに食事をしていた。
(うん、これだな。)
曲が終わり、一礼してホールに戻ろうとすると
マスターがやってきて
「もう、お客様も少なくなるだろうからそのまま何か弾いて?リクエストが出たらよろしく♪」
と、耳打ちされた。
一通りのXmassongを弾いた後は冬がテーマの曲や感動した映画の曲や時たまクラシックを弾いた。
時刻は午後11時過ぎ。
さすがにこの時間になるとお客様はみな帰ってしまい、店も後片付けに入る。
「指…さすがに痛い…」
でも、楽しかったな。
お姉ちゃん、この気持ちもあげるね。
「綾乃さん。」
「あ、矢野さん。
お疲れ様です。」
「お疲れ様です。
これを……」
差し出されたのはアイスノンだった。
「これでしばらく冷やして下さい。今日はいつもより弾いていたでしょう?」
「ありがとうございます。」
私がアイスノンを受け取った時。
「あっ!!」
振り返ると佐藤君がアイスノンを手に立ち尽くしていた。