紅い記憶
稔は岸和田に声をかけた。

「かっちゃん、ちょっと聞きたいことあるんだけど、いいかな。」



「おぉお前か。なんだ?」



岸和田は昨日の事情聴取で若干疲れているようだった。


寝不足なのか、目の下に少し隈ができていた。




「かっちゃん、今、竹下先生から聞いたんだけどさ・・・。どうしてかっちゃんは大学時代の研究発表しなかったの?」



「・・・。竹下先生が・・・。そうか。
・・・あれは提出しなかったんじゃない。できなかったんだ。」



岸和田の言葉の意味が分からず、稔は黙って岸和田を見つめていた。


うつむきながら岸和田はポツリポツリと話しだした。




「月山と俺は研究室でもほとんど同じようなテーマで研究していたんだ。だから二人で課程を見せ合い、話し合い、お互いに間違いを修正しながら進めていた。
それが最後のあの時だけは違ったんだ。俺が完成した研究発表原稿を月山に渡して確認してもらっていた。そしたら・・・・。」



その続きは聞かずとも想像できた。なるほどそういうことかと稔は思ったが、岸和田は最後まで話し続けた。




「これはあくまで個人的な考えだが、俺の研究内容の方がメディアに派手に取り上げられるような内容だった。テーマや課程は酷似していたがな。
それを月山もわかっていたんだろう。俺の研究発表を月山が自分のものとして発表した。」



「だけど、そんなの周りが・・・!」


「月山はなんといったらいいのか、権威みたいなものをもっている男だった。周りも何も言えなかった。だけどもちろん俺は言ったさ。どういうことか追及した。そしたら月山は軽く言い放っただけだった。
『人の実力を自分のものにするのも、実力のうちだ』とな。
月山には、仕事にせよ、恋愛にせよ、どんな手段を使っても自分の夢をかなえられる力があった。それが俺にはなかった。ただそれだけのことだ。」




岸和田は悲しげな顔をして稔を見た。稔も言葉に詰まり、ただ岸和田を見ていた。




「それから、その時の俺が書いた研究発表の内容が入っているUSB、もう俺が持っている必要もないからお前にやるよ。」





寂しそうな声で言いながら稔にUSBを渡す岸和田。稔は質問を続ける。



「今、恋愛にせよって言ってたけど・・・」



「あぁ。宮城の話だ。宮城と月山のお母さんの百合さんは当時付き合っていたんだが・・・。これも月山が奪って結婚したんだよ。俺は詳しくは知らないが。」



「そっか。いやなこと聞いてごめんな、かっちゃん。」



そういって稔は、最後に宮城のもとへ向かった。
< 95 / 102 >

この作品をシェア

pagetop