ハッピーバースディ
古い木の扉を手前にひくと、
カランカランとかわいた音がひびきわたる。

照明をおとした店内は、
開けた扉に誘われて入ってくる朝日に、一瞬照らされる。

細かな光が一瞬で散らばって、
すべてがキラキラ輝いて見えるこの瞬間が、私は好きだ。

どんなに疲れがのこっていても、一瞬で癒される。

「おはよ」

いつもと変わりない千織の声。

「うん」

「うんじゃないわよ」

「コーヒーでも飲むか?お客さんもまだだし」

マスターに促されて、私はカウンター席へと腰をおろす。

窓辺に並んだ3つの小さな鉢植えのアイビーが、
若い葉の上で、ころころと光をすべらせている。

「おいしい」

マスターのコーヒーは、本当においしかった。
適度にほろ苦くて、まろやかで、やわらかい甘みがあって。

それらがぜんぶとけあいながら、ゆっくり喉をながれてゆく。

「本当に……おいしい」

ふいに涙が出そうになって、私はあわてて立ち上がった。

「トイレ掃除しないとね」

急いでエプロンをつけ、トイレへと向かう。

マスターも千織も何も言わない。

だから私は、泣きたいときに泣くことができた。
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