エル・ヴェナに関する証言
 望楼の中は騒然となった。お袋の連れはエル・ヴェナ神がお袋を若返らせたと思い、お袋とエル・ヴェナを誉めそやす。

「やはりエル・ヴェナは偉大よねぇ~」

「もうすぐ私たちの預言が成就してエル・ヴェナがこの世の悪を正して下さるのよ。その日を告げるために明石姉妹に賜物が授かったのだわ!!」

 ところで、望楼内では信者同士「兄弟」「姉妹」と呼び合う。

 なんていうか、もう大変な騒ぎである。今日は大ステーク(日本国内の教団支部を統括する 部署)から「巡回者」が来る日だと言うのに、そんな事も忘れて若返ったお袋に夢中になっている…。俺はこの光景をなんとも言えない気分で見ていた。お袋の服は明らかにサイズが合わず、スカートがずれないようにあわてて手直しするお袋、みんなの賞賛に戸惑いながらも満面の笑みを浮かべるお袋…。そんなお袋の姿は、今まで希薄だったエル・ヴェナへの信仰を、俺の中に沸きあがらせて行った。

「あ、そういえば大ステークからの巡回者さんはどうなったのかしら?そろそろ着いていい筈なんだけど」

 お袋がそう言ったのと、望楼に巡回者が到着するのは、ほぼ同時だった。

 望楼の騒ぎの原因を巡回者は訊ねた。そしてお袋が突如若返ったという事を知った巡回者は急に演台にあがり、望楼の兄弟姉妹たちにこう告げた。

「みなさん、明石姉妹の若返りは、エル・ヴェナの御業ではありません!エル・ヴェナは今日(こんにち)、世の終わる日まで奇跡を行いませんし、明石姉妹よりも高齢の兄弟姉妹が若返らない以上、神の義によって行われたものと思えません。」

 巡回者のこの言葉によって、望楼は一気に静かになった。そして次の瞬間、巡回者がとんでもない事を言った!!

 「すなわちこれは、私たちを攻撃する悪霊(あくれい)の仕業としか言えません!悪霊による偽りの奇跡を受けた明石姉妹は、教団から出て行ってもらいます!!」
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