エル・ヴェナに関する証言
 この言葉は望楼の中に、お袋に対してそれまでの賞賛とは反対の空気を生み出すのに充分だった。チラチラとお袋を見ながらヒソヒソと話をする「兄弟姉妹」…。そして他ならぬお袋自身が、その言葉によって打ちのめされ、せっかく若返った顔は恐怖と絶望に青ざめていた…。
 そんなお袋を見たら、俺は巡回者に対し抗議せずにはいられなかった。

「ふ、ふざけるなよ!!なんで母さんが悪霊憑きだって分かるんだ!?エル・ヴェナの御業が母さんからはじまったのかもしれないじゃないか!!いきなり決め付けるなよ!!」
「俺は、エル・ヴェナが母さんを若返らせたものだと信じているし、信じられる!!」

 その他にも色々喋り、お袋を弁護したが、巡回者のこの一言で全ては無駄に終わった……。
 
「明石兄弟、そのような発言はステークのみならず、神の経路である私たちの組織全体への分裂を促す発言です。そのような事を言った以上、あなたも明石姉妹同様『排斥』にします!」

 大ステークから派遣された巡回者から「排斥」を宣告されると言う事は、教団内に居場所がなくなると言う事だ。それを聞いたお袋は俺の裾を引いて、望楼から出るように促した。

 力なく出て行くお袋を連れて望楼の出口に向かった俺の耳に、一番初めに若返ったお袋を誉めそやした「姉妹」の声が飛び込んだ。

 「悪霊に侵された体なんて、若返っても長持ちするかしらねぇ?」

 お袋がこの一言を聞いたのかどうかは分からない……いや、聞こえていないように願うしかなかった。

 とぼとぼとマンションの階段を下りていく俺たち。階段を下りきった頃お袋が俺に話しかけた。
 「ごめんね、真吾……。お母さんのせいで……」
 「お母さん、もう何が正しくて何が間違っているのか分からなくなっちゃった……」

 そういうとお袋は俺の胸にすがりついて泣き出した。だぶついた上着の隙間から、鎖骨や、やや大きめの胸が見えるというおいしい構図で…。いやいや俺はこんな時に何考えているんだ!?
 大体、ぱっと見に年の近い男女が往来で抱き合っている姿、しかも女は少し乱れた着衣でオイオイ泣いていると言うのは第三者から見たらすごい状況を連想させるのではないか!?

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