Bitter
* * * *
『よし兄、よし兄』
そう呼ばれて目を開けた。
施設の子ども達と、あの少女が俺を覗き込んでいる。
気を失って運ばれたようだった。
指を見た。
血がこびりついた、ペリドットの指輪がそこにあった。
『文子先生ね、最期に私にこれを渡して、声を絞りだして言ったの。
「嘉人、生きて、また誰かを愛して‥。」』
血が、グリーンの光を覆い隠していた。
周りを見渡した。
何も知らない赤ん坊。
神妙な顔つきのワカマツと
そのそばであざをつくった少年。
シミだらけのカーペット。
古びたタンス。
ひび割れたガラスの窓。
いつもの施設の風景。
この世界に文子はいない。
文子はいない。
いない。
まぶしすぎる光を失った。
全ての色が、消えた。
深呼吸。
窓の外の蝉の音が、部屋中に響いている。
高瀬嘉人18歳。
暑い暑い、夏の日だった———・・