風にキス、君にキス。




…そんな言葉が、自然と口をついで出たのは。




「部長…?」


「楽しめばいーんだよ」



何故か、思い出していた。



…事故に遭う前の日向。



リハビリを積み重ねて、ようやく走れるようになった時の日向。





あいつは、グラウンドを駆け抜ける全ての瞬間を幸せそうに…大切にしていたから。



だから…伝えたくなったんだ。




「敵は相手じゃない。自分自身だ。



…自分が以前よりどれくらい早く走れるようになったか、その成長を楽しめればそれで充分だ」



当たり前だけど、忘れがちなこと。



…俺はいつしか、微笑みながら部員全員に語り掛けていた。



「つまりは…自分に勝て、ってことだ。



…頑張ろうな」



「「…っ、はいっ!」」



まっすぐと俺の目を見て話を聞いていた後輩達が、そう強く頷いた。



…競技場へと向かうために部室を出た時。



柚が俺の肩をぽんと叩いた。


< 269 / 310 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop