風にキス、君にキス。
…そんな言葉が、自然と口をついで出たのは。
「部長…?」
「楽しめばいーんだよ」
何故か、思い出していた。
…事故に遭う前の日向。
リハビリを積み重ねて、ようやく走れるようになった時の日向。
あいつは、グラウンドを駆け抜ける全ての瞬間を幸せそうに…大切にしていたから。
だから…伝えたくなったんだ。
「敵は相手じゃない。自分自身だ。
…自分が以前よりどれくらい早く走れるようになったか、その成長を楽しめればそれで充分だ」
当たり前だけど、忘れがちなこと。
…俺はいつしか、微笑みながら部員全員に語り掛けていた。
「つまりは…自分に勝て、ってことだ。
…頑張ろうな」
「「…っ、はいっ!」」
まっすぐと俺の目を見て話を聞いていた後輩達が、そう強く頷いた。
…競技場へと向かうために部室を出た時。
柚が俺の肩をぽんと叩いた。