風にキス、君にキス。
「走る前の日向って、雰囲気柔らかいよな」
「…え?」
隣に座っていた拓巳が、立ち去っていく日向の背中を見つめながらそう呟いた。
「そうかな?」
「普段は口が悪くて刺々しい奴だけど」
「…昔からそうだよ、日向は」
あたしは微笑んで、そう返した。
…昔から、呆れるくらいに陸上バカで。
走ってる時が、誰よりも何よりも幸せそうで。
「…柚ちゃんは、そんな日向が大好きだもんなー?」
「ばっ、バカ!」
慌てふためいて拓巳を見上げると…口は笑っているのに、その目は少し切なそうに見えた。
「…拓巳?」
「え、何だよ。そんなに見つめんなって」
気の…せいかな?
「…あ、ほら」
拓巳に肩をつつかれて、はっと視線を競技場に戻すと。
数人の大人に囲まれ、日向と他の出場者がスタートの方へと歩いていくのが見えた。