偽装婚約~秘密の契約~
『……沙羅さん?だっけ?』
食事中、ほぼ無言だったお父さん。
もしかしたら、はっきり声を聞いたのはこれが初めてかもしれない。
低く、耳に響く、良い声だ。
『キミはこの場所が好きかい?』
「はい、とても。」
そう答えるとニコッと微笑むお父さん。
食事のときとはうって変わって、かなり人の良さそうな感じだ。
さっきは終始、無表情でちょっと怖かった。
『俺も、この場所が好きなんだ。
キミとは気が合いそうな気がするよ』
お父さんはそう言いながらあたしの隣に座る。
なぜかあたしは、冷静だった。
緊張しなかったんだ。
今考えると不思議なことだ。
相手は…あの遊馬電器の現社長。
そして晴弥のお父さんだというのに。
『沙羅さん。
失礼なことを1つ、聞いてもいいかい?』
「はい…どうぞ」
お父さんは空を見上げたまま、言った。
『キミは、本当は…晴弥の婚約者じゃないんだろ…?』