偽装婚約~秘密の契約~
『瑞季、お前もここにいろ』
書斎らしきこの部屋はあたしたちのリビングほどの広さ。
そして出て行こうとした瑞季さんを呼び止めるお義父さんの声。
瑞季さんはドアノブから手を離し、入り口近くに立った。
『さぁ、どうぞ、沙羅さん。』
顔を上げた晴弥のお父さんは仕事の顔をしていた。
でもメガネを外すと同時にお義父さんの顔に戻る。
スイッチのオンオフをこんなにきっちりとできる人を初めて見た。
お父さんに言われたとおり、黒いソファに腰を下ろす。
思いのほか、クッションが柔らかく、浅く座り直した。
『すまんね。
パーティーの最中に呼び出してしまって』
「いえ。全然いいんです」
あんな息苦しいところから出たいと思っていたところだったんです。
とは口が裂けても言えない。
『実は、沙羅さんに折り入って頼みがあるんだ。』
あたしに…頼み?
『キミが晴弥の仮の婚約者だということはもちろん、承知してる。
だが、どうか本当の晴弥の婚約者になってはくれないか…?』
「な、何を言っているんですか…っ!」
動揺するあたしにさらに追い打ちをかけるように晴弥のお義父さんは頭を下げる。
『どうか…頼むよ。
キミほど晴弥に合う人はいないと思うんだ。
お願いだ、沙羅さん。
晴弥と結婚してくれ…』