偽装婚約~秘密の契約~
ドクドクと大きな音をたてている心臓。
廊下の角を曲がったところであたしはうずくまった。
ヤバイ…っ!
ヤバイって!
あたし、晴弥のお父さんに何偉そうなこと言っちゃってるワケ?!
今さら言ったことをなかったことにするのは無理だって分かってるけどさっ!
分かってるけど。
どうか、さっきの言葉、撤回させてください……
『………あの、笑ってもいいですか?』
え?と言って顔を上げると目の前にいる瑞季さんはなぜか大声で笑い出した。
え?
え?
え…?
なぜですか?
なぜそんなに笑っているのですか?
『……申し訳…ありません…っ!
でも…旦那様に…っ!
あんなに…っ…堂々と意見を…言う人…っ初めて見たので…っ!』
笑いながら途切れ途切れの瑞季さんの言葉。
あの、そんな笑いながら言われるとバカにされてる気がするんですけど。
すっかり拗ねるあたし。
いいよね、瑞季さんは。
傍観してただけでさ。
あたしの緊張なんて分かんないだろうな。
『でも、私は沙羅様の言葉、とても正しいと思いました』
そんな真剣な声が聞こえて顔を上げると瑞季さんは優しい顔をして、優しい目であたしを見下ろしていた。