労働の価値 その2
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商品が流れるようになるはじめのうちは、
おかねに変えられるのは、
あまった「使う価値」だけだ。

つまり、
あまった物だけが、
交換される。

金は、
だから、
しぜんと、
そのひとびとのあいだでの余り、
あるいは富をあらわすことになる。

おかねをかかえこむことは、
はじめはこんなふうに、
かんたんな姿だった。

ひとびとが、
大昔から変わらないやりかたで作物を手に入れている、
そういうところでの姿である。

「ほしいもの」と言われても、
だいたい決まった少しのものしか、
ほしがらない、
そういうひとびとのあいだでの姿である。

そしてそういうところでは、
いつまでも いつまでも、
そうした姿のままだろう。

原始人みたいな生活をしている ひとたちのことだ。

ひとりの学者は、
悩んでいた。

この学者は、
商品のねだんが、
その国のなかにある金の量で決まっている、
などと勘違いしているのだが…。

この学者は、
なぜ、
原始生活では商品のねだんは安いのか、
と悩んでいた。

そして答えはこうだと言った…

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