ディテクティブ・ワンダー
「ごめんな。孝くん。急に俺の変わりだなんて、可哀想に。うちの社長、言い出したら聞かないからさぁ。でもさ、ぜってー楽しい旅になるってのは保証するよ」

正宗は調子よくそう言うが、自分から難が去ったことを顕著に喜んでいるようだ。

思わず視線を部屋の隅に移すと、また、ふいにキーボードの音が止み、そこから親指を立てている形の白い手が見えた。

――いったいなんなんだこの探偵事務所は……

孝は呆れてうなだれた。

にやりと嫌な笑みを浮かべた後、東は孝の肩から手を離すと、安芸が居るスペースとは逆の方向へ走っていった。
仕切りで隠れているが、そこにもう一つ部屋があったらしく、パタリと戸が閉まる音がした。

「英里さん。見ました?今の社長の顔。新しい獲物を見つけたって感じの」

「やだわ。正宗くん。そんなこと、孝くんの前で言っちゃダメよ」

「あの、僕どうしたらいいですか?」

孝の質問に英里と正宗は顔を見合わせた。
しばし見つめあった後、二人は揃って、孝に視線を合わせた。


「「いってらっしゃい」」

二人の声が重なり、息の合ったハーモニーをかもし出した。


その時、孝は少しずつ覚悟を決めていた。
そして、同時に疑問を抱いた。

祖父はなぜ、自分をこの探偵事務所に来させたのか。

今から始まるであろう、旅の終わりごろにはその答えが少しでも見つかればいい。

ほのかな期待を抱きつつ、孝は着席して、風変わりな探偵が、隣の部屋から出てくるのを冷めてしまったお茶を啜りながら大人しく待つことにした。


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