ディテクティブ・ワンダー
声に従って孝は奥へ移動しようと、キャリーバックの取ってを縮めて、本体を持ち上げた。
部屋はいくつかの仕切りで区切られている。
出入り口に在った物と同じ、昔診療所にあったような白い布のついた仕切りだ。
迷路のような真っ白な通路を抜けると、手前には白のテーブル、その奥に、社長室にあるようなこげ茶色の大きな机がみえた。
先ほど、声をかけてくれたらしい女性の姿は見えない。
さらに奥に大きな窓があって、カーテンの隙間からその外に向いの建物が見える。
向いの建物に遮られているとはいえ、なかなか強い日が差し込んでいる。
だから、孝は気がつかなかった。
このオフィスには大げさな机に一人の男が座っていることなど。
この場合、座っているというより、彼は豪奢な黒レザーに深く腰掛け、机に突っ伏していた。
逆光で見えなかったというよりは、乱雑に置かれた書類や、筆記用具、その他わけのわからない小道具に彼の頭が覆い隠されていたから見えなかったのだ。
だから、男の頭部が動いて、机の上がごそごそと音を立てた時には孝の肝は冷えた。
男は気だるげに体を起こし、間延びした欠伸を漏らした。
「あ?お客さん?」
呆気にとられた孝は返答に窮した。
「――えっと、連絡していた小早川です」
礼をしてから、孝はサイドバックから書類を取り出した。
それをすぐに差し出す。
寝ぼけ眼の男は了承したように「ああ」と声を漏らしながらそれを受け取った。
そのとき孝は初めて落ち着いて男を見つめた。
年のころなら20代半ばだろう。
よれた灰色のスーツ。茶髪の寝癖頭。顔には伏せたときの形がついていた。
だらしない。
孝は正直にそう思った。
しかし、なかなか端正な顔をしている。
健康的な白い肌。
瞳の色は日純本人とは思えない希薄なグリーン。
鼻筋が綺麗に通っていて、少し堀がある。
ハーフなのだろうか。
孝は思った。
大学に通っていた頃、ハーフの友人がこんな顔立ちをしていたのを思い出して少し懐かしくなった。
「人の顔を見て話が出来る子なんだね。コバヤシ君」
「え?」
ふいに声をかけられて孝は戸惑った。
しかも名前が違う。
「すいません。僕、小早川ですけど」
色素の薄い瞳が、孝を捕らえた。
そして孝の鼻の先に人差し指を突きつけた。
「小早川孝。訳してコバヤシ少年!」
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