ディテクティブ・ワンダー
「どうぞ、掛けてください」
椅子を引きながら、今度は声に出して、椅子を勧めた。
孝は会釈して席に着く。
真向かいに東が見える。
英里は孝の斜向いにパイプ椅子を持ってきて座った。
「真対英里さんって有名なコラムニストの?」
「ええ。有名って程じゃないけど」
「ご謙遜を」
孝が言うと、英里ははにかんだ。

真対英里はフリーのジャーナリストである。
三年前まで大手の新聞社で働いていた。若いがやり手の記者だった。
独立してからも、記事やコラムの依頼が多く、何冊か書籍も出版している。内容は幅広く、主にアナリストのようなことをしている。
孝はそう記憶していた。
彼女の名前は確に有名だった。しかし、孝が彼女を知っていたのは、彼が彼女のファンだったからだ。
アメリカにいたときから、彼女の書くものが好きだった。
孝の在籍していた学校は様々な国からの留学生が多く、図書館は様々な国から集められていた書籍や雑誌で埋め尽されていた。その中には日本からのものも少なくなかった。だからこそ、孝が真対英里の書を手にとることになんら困難はなかったわけである。
孝の日本語離れが進行しなかったのは、日本の図書に触れていたことと同じ日本人の友人に恵まれていたことに起因していた。
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