ディテクティブ・ワンダー
「ところで、社長。旅行の準備出来てるんですか?まさかまたおいらの荷物に期待してるわけじゃないですよね?前みたいなのは勘弁ですよぉ」

正宗は如何にも情けない声で、頭を擦りながら東に向かってそう言った。
対する東は顔を上向き加減にして鼻を鳴らす。

「それなら大丈夫だ!岡ちゃん君は事務所に居たまえ。助手の初仕事としてゴバヤシくんに同行してもらおうと思っている」

手を広げ、オーバーなリアクションをして、東は横目で孝を見た。

「え?…僕…ですか?」

「ちょっと東!」

英里は椅子から立ち上がり、東の隣に立って右肩を叩いた。
助け舟を出してくれた。
孝はそう思った。

「まだアキちゃんの紹介がすんでない」

しかし、それは甘い期待に過ぎなかった。

「おお!流石は姉上!紹介しようコバヤシくん!我がオフィスの優秀な技術屋、左門安芸くんだ!」

東は部屋の隅の白幕を指差した。
そこは孝がこの部屋に入ってきたときからずっと、キーボードを打つ音が止まずにいた場所。
周りの仕切り囲いより低く、人が立てば丁度頭が覗くくらいの高さの白幕で囲まれた一角である。
そこから音が止むと、白幕の上から、ひらひらと人の手が見えた。

「今は仕事中だから、俺たちが帰ってきたら改めて紹介しよう」

東は満足そうにそう言って、孝を見た。
そして、孝の方へツカツカ歩いてくる。
目の前に立った東はなかなかの長身で、孝より頭一つ背が高い。
東は孝の方を両手でガシッと掴んだ。

「さぁ!コバヤシくん!行こう!」

「あの…僕はデスクワークなんかを…」

「それなら間に合ってるから」

東は顎でしゃくって、安芸の居る方を示す。

「そう…ですか。でも、いきなり遠征だなんて…」

「孝くん。経験って大切よ。大丈夫。東って変人に見えるけど、外では意外としっかりしてるから」

その時、孝は英里の目に明らかな悪戯心を垣間見た。

――もしかして、僕が思ってた人と若干違うのかも……やっぱ姉弟なんだな。この二人……。
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