赤い半纏
「母上、今日はずいぶんと朝食が・・・・燃え尽きてますね」
見慣れた丸テーブルの上に、黒い炭のような物体が申し訳なさそうに置いてあった。
母の返事を待つまでに、少しかじってみた。破壊的なお味に、ついひゃっはーと叫んでしまいたくなる。
・・・・もう朝食とは言えない。失敗作の片付けといった気分だ。
「ごめんなさい。今日はふれんちとおすとを目指してぱんを焼いてみたのですが・・・・上手くいかなくて、しょうゆを注いだら大変なことになってしまって」
しょうゆを注ぐ時点で間違っている。なーんて、つっこみはしても意味ない。言っても、また同じ過ちを繰り返されていらだってくるだけだ。
「いえ、見た目に限らずなかなか破壊的で、まるで三途の川の向こうがわに咲く彼岸花の毒をかみしめたような美味しさです。では、私もそろそろ学校に行ってきます」
「そう?よかった、お母さんもう料理する自身がなくなっちゃって・・・ありがとう。今日も気をつけて、行ってきてね」
こんな皮肉も通用しない。んもーお母さんたらなんて天然なの、このっ☆と言ってられるほど私も能天気じゃない。今はただ、学校に行くことを考えるだけ。
「あ、ねえ」
母上のウィスパーボイス(主観的)が耳をびくっとふるわせる。40代のくせして、なかなか艶のある仕草と声。
え、私?
生まれつきの童顔で中学一年に見間違われます。
脚はまったく肉がなくて、まるで棒。ふっくらしてないと、やっぱり全然色気がない。でも食べても食べてもおなかの方に肉がつくので、そのままにしておくことにした。
「何?」
「あのね・・・・はやく帰ってきてね?」
上目遣いしないでください。どっちが親なんですか。
でもそんな可愛い母を、私は嫌いではない。
「・・・・了解しましたよ、お母さん。行ってきます」
私は学生かばんを背負いながら、答える。
嗅ぎなれた古いひのきの木の香り。私もこの家は嫌いではない。
でも「徳大寺」という苗字は好きではない。
私の「千子」という名前に合わない。本当は苗字に合わせて名前をつけるべきだと、お母さんにいいたいけど。
こうして徳大寺千子は紫陽花の咲く道の中を歩いていった。