いばら姫

そんなに怒る事ないのに…


「ほら、行きますよ!夏美!」

「は…はい…」



手を引かれて引きずられるように去っていく夏美が、名残捺しそうにこちらを振り向いた。


(またね!)


母親に気づかれないように口ぱくでそう言うと、夏美は笑顔で手を振りかえしてくれた。


そんな親子二人の姿も見えなくなってきた頃には、チラシを配ることも忘れただ行き交う人の波を茨はボーッと眺めていた。




そんな人混みの中。


恋い焦がれる愛しい人の姿を偶然にも視界が捕らえた。


いつもなら、すぐに目標物一直線に駆け寄っていく所だが、今日ばかりは足がすくんで叶わない。


キョン…様…?


何故ならそこには、見知らぬ女の人と仲睦まじく腕を組ながら、楽しそうに笑っている彼がいたからだ。


嘘だ…。


二人は、悔しいくらいにお似合いで。

あんな楽しそうな顔を京平が自分のまえで見せてくれたことは一度もない。



やだよ…

私の知らない所で
そんな風に笑わないで

私以外の女の子に触れさせないでよ…



茨の手からチラシが滑り落ち、地面に散らばった。



雑踏も

笑い声も

遥か遠くに聞こえる。



視界が霞むのは涙のせい?

それとも

記憶がそこで途絶えたせいかな。


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