Far near―忍愛―
「…まだ気持ち悪い?」
「ん~……」
吐き気はおさまったものの、まだ完全とは言えない微妙な具合の中、俺の返事も自然と曖昧なものになる。
ベンチに座る佐和子の膝の上に頭をのせ、仰向けで寝転がり、おでこの上で両腕を交差しながら瞑想するこのスタイルも、もう随分長い事このままのような気がした。
「何か飲む?」
顔を屈めて覗き込む佐和子の髪の毛が俺の腕にかかり、くすぐったさで顔から下ろすと
「……っ」
少し顔をあげただけで唇が重なってしまいそうな距離に佐和子の顔があり、俺の心臓が飛び出さんばかりに跳ね踊った。
みずみずしく輝くぷっくりとした唇は赤く妖艶に色香を漂わせ、俺を誘う。
「幸秀?」
やめろ。
名前なんか呼ぶな。
目を逸らしたいのに逸らせない。
金縛りにあったみたいに見えない力に押さえ付けられてるような感覚。
こんな時はよく、天使と悪魔が戦ってるなんて言うんだろうけど
実際はそんな可愛いもんじゃなくて、どす黒い欲求とカケラ程に残った僅かな理性とのぶつかり合いだ。