Far near―忍愛―
「…なに?」
折角勇気を振り絞ろうと気合いを入れていた所、ポキッと芯を折られてしまい、俺はちょっと恨めしげに佐和子を見つめた。
「今日ね…本当は、幸に聞いて欲しいことがあったの」
そう言って、相変わらずこっちを見ようとせずに下へ流れている目は、どこと無く悲しそうに見える。
「なに、言ってみ?」
自分から話題を振ったくせに俺が話せと促すと、彼女は思い切り首を横に振った。
…なんだそれ。
意味わかんねぇ。
「なんで言えないの?今日話すつもりだったんでしょ?」
佐和子は何も言わずにゆっくりと頷く。
「じゃ、なんなの!」
次第に強くなっていく俺の苛立ち。
めんどくさい…。
俺の気持ちに答えられないならハッキリそう言えばいいのに。
「お…怒らない…?」
「はっ?俺が怒るような内容なわけ?」
「……わかんない…けど。なんとなく…」
母親の顔色を伺う子供さながら、彼女は極力逆鱗に触れないように言葉を選んでいる風に見えた。
俺はさらに機嫌が悪くなり、腕を組んでソファーの背もたれに踏ん反り返る。
それでも
彼女はなかなか口を開かず、ただ時間だけが過ぎていく。
ハンバーグセットを食べている間も結局、カチャカチャと食器のぶつかる音が虚しく響くだけで、俺達は終始無言だった。