Far near―忍愛―
「俺、帰るわ」
「えっ……」
食事を終え、一息ついた所でいよいよ俺はその言葉を口にする。
「これ以上は時間の無駄」
「…………」
きっと佐和子の事だから泣きそうな顔してると思って、俺はなるべく顔を見ないようにして伝票を取ると、レジに向かおうとした。
しかし、それは焦ったように立ち上がった佐和子によって手を捕まれ阻止される。
「あっ…あたし…!結婚するの!!」
勢いにまかせて飛び出したその言葉を理解するまでにどれくらい時間がかかっただろう。
「……………」
血液が逆流して
凍り付いたみたいに
体が冷たくなって
思考も停止した。
嫌な予感はしてたんだ。
ここんとこ
佐和子は機嫌が良かったし
俺の気持ちに気付いた途端、露骨に困ったような顔をしてたから…
「よかったね。おめでとう」
どんな顔して言ったのかは覚えてないけど
きっと
感情も何も入っていない空っぽで冷たい言葉だったんじゃないかと思う。
心から祝福なんて
出来るわけないじゃん。
吐き捨てるように言った後、情けない顔を見られないように俺は走ってレストランを出て行った。