Far near―忍愛―


「あっ!また煙草吸ってたでしょ!」

お風呂から出て来た佐和子がベランダにいる俺を発見すると、窓を開けて口を尖らせながら言った。

「吸ってないよ」

笑いをこらえながらそう返すと、

「嘘っ。幸秀がベランダに出るときは煙草吸う時って知ってるんだからね!」

「もう消したよ?」

「そうゆう問題じゃないの~っ!」

全く反省してない俺に納得のいかなそうな顔で俺の両頬をつねり、ぐりぐりと回すが、力がそんなに入ってないので逆に気持ちいい。

「ふはっ。ごめんて」

普段は冷たいとか怖そうとしか言われないこの無愛想顔も、彼女の前だと緩みっぱなしで。

きっと今すげぇダセー顔してんだろうなぁ…

とか頭の片隅で思いながら俺は頬をつねっている手を掴んでグイッと自分の方へ引き寄せた。


「そろそろ寝よっか…」

「ひゃっ」


佐和子の耳に口づけながら、吐息混じりに囁いてみると

彼女はくすぐったそうに身をよじる。


可愛い。
愛しい。
大好き。


…なんで。

なんで俺じゃないんだろう。

二周り近く離れたあんなオッサンなんか、佐和子に似合わないよ。




「さーちゃん」

「なーに?」


セミダブルのベッドに向かい合って横になった瞬間佐和子と目が合い、用事もないのにとりあえず名前を呼んでみると

佐和子も優しく答えてくれる。


「…ギュッてして」

呼んだ手前、何か言わなきゃと思い、思い付いたままの言葉を口に出してみると、一瞬驚いたような顔をしてから佐和子はまた笑って

「いいよ」

と両手を広げた。


その腕の中は
本当に本当に暖かくて
泣きそうになる。


何と引き替えなら
この腕は俺だけの居場所になるのかな…?

それとも一生
手に入れる事は不可能なのかな。


こんなに近くにいるのに

君はいつも雲の上だ。

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