サラリーマン讃歌
何故、登が全ての事情を知ってしまったのか?

何故、俺を河野と疑ったのか?

そして、登が一体何をしたのか?

様々な疑問が俺の頭に浮かんだ。

「ど、どういう事ですか?」

「言った筈だ。その質問に答える義務はない」

登は淡々と答えた。

そんな冷静な登であったが、傘もささずに車を飛び出してきたので、俺と同様にまるでスーツを着たまま風呂にでも浸かったような様子を呈していた。

暫く二人とも雨に打たれたまま無言で見詰めあっていたが、突然登が呟くように言った。

「ひとつだけ教えておく」

登の表情は憮然としていた。

「……空見子はもう此所にはいない」

その表情のまま、判決を言い渡す裁判官のような重々しい口調で登は告げた。

「え?……何で?」

「いないからいないんだよ。もうこの家には……いない」

今までは余裕のあった登だったが、何故か苦しそうに言葉を吐き出した。

「何処に…」

「じゃあな」

俺の追求を嫌がる様に、登はそう言い捨てると、サッサと車に乗り込んでしまった。

俺は慌てて運転席側に回り込んでドアを開けようとしたが、その寸前に急発進して車は敷地内に吸い込まれていった。

俺は未だに激しく降り続ける雨の中で、ただ呆然と目で車を追うことしか出来なかった。

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