サラリーマン讃歌
第十二章
~独立~
……時は過ぎ、あの日から約九ヶ月経った。
空見子と出会った日からは、季節が一回りして春の陽気が漂い始める三月の中頃であった。
俺は半年前に会社を辞め独立した。
とは云っても、高嶋と当初二人で始めた個人商店だ。
今年の年度末までには法人化を目指し、前の会社とほぼ同じ商材を取り扱って、日々営業活動に励んでいる。
俺達は馬鹿正直に「同じ業界で独立したいので辞めます」なんて事を言ったものだから、当然前の会社の人間にはいい顔はされなかった。
独立した当時は俺達の取引先に圧力をかけられたり、嫌がらせを受けるのは日常茶飯事の事だった。
正直に退職理由を告げれば、そうなる事はある程度予測はしていた。
それでも敢えて正直に告げたのは、俺ら自身を追い込みたいという気持ちと、これ以上逃げる様な事はしたくないという決意の顕れだった。
「これ以上、逃げる人生を送りたくない」
反対する高嶋を押し切って、俺の我を通させてもらった。
そんな中で唯一俺達を気持ち良く見送ってくれたのが、あの田仲だった。
俺達に労いの言葉をかけてき、餞別まで渡してくれた。
一番苦手だった人間が、一番俺の事を思ってくれていた。