サラリーマン讃歌
「だから、俺はその子に声をかけたんや。『茶シバきにいきませんか?』って」
「ナンパかい」
「古っ」
あちらこちらから突っ込む声が上がると、岡本は満足そうに頷いた。
「というのは冗談で、『興味あるんやったら連れていきましょか?』って」
「それで?」
先を急かさないとなかなか飲み物を買いに行けそうになかった俺は、岡本に合いの手を入れた。
「そしたら、『この人の名前って本名ですか?』って言いながら、チラシのある人の名前を指差してきた訳や」
「それが、俺だったんだな?」
「そうや。直哉やったんや」
確かにこんな小規模の劇団であっても、芸名をつけている人間は少なくない。
俺達の劇団の中にも、横文字の芸名を付けている人間や、本名とは全く違う芸名を付けている人間が結構いる。
チラシにもその芸名が載せられているので、その子がそう尋ねてきても不思議ではない。
「でな、その子に『直哉の事知ってんの?』って訊いたら、『知ってますよ。私の大好きな人です』って言いよんねや」
俺の心臓が高鳴った。
確信はないのだが、何故か俺の心が反応した。
俺は呆然とした表情で岡本を見詰めた。