純愛バトラー
「婚約が決まってな。先方の都合で、今日会うことになったそうだ。
 最後に、何か思い出に残るデートを計画したかったのだが、結局行けず仕舞いになってしまった」

 絵理は淡々と事実を述べた。

 ペンは相変わらず空中を彷徨ったまま。

 胸の奥の鉛が、再び自己主張を始める。

 あまりに穏やかな絵理の声。
 空中を彷徨い続ける絵理のペン。
 過去の文字を見つめたままの、絵理の瞳。

「……いいのか?」

「いいも悪いも無い。豪族の子息というのは、得てしてそういうものだ。
 抱えている者たちの生活を守るためだ。致し方あるまい」

「お前は、それでいいのか?」

 オレは、再び同じ質問を繰り返した。

 捕らえ切れなかった彼女の心。

 その輪郭が、おぼろげながら見えてきた。
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