純愛バトラー
 空中を彷徨っていたペンが、絵理の手から離れて床に転がり、オレの足元付近で止まった。

 絵理は椅子から降り、ペンを拾い上げ、淡々とした声で言った。

「言っただろう。いいも悪いも無いと。私は、私に課せられた責任を果たさねばならぬ」

 だから、顔を見るまで、気付かなかった。

「じゃあ、何故お前は泣いてるんだ」

 絵理は泣いていた。

 いつもと変わらぬ表情のまま。

 いつもと変わらぬ声のまま。

 自分自身ですら、気付かぬまま。

 ただ、その両目から、とめどなく涙が溢れていた。

 オレに指摘されて、絵理は初めて自分が泣いている事に気付き、戸惑った表情を浮かべた。

 いたたまれなくなって、オレはそのまま絵理を抱きしめた。
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