嫌いな男 嫌いな女
俺は、あいつの笑顔なんてほとんど見たことがない。笑って話したことなんて一度もないんじゃないか?
だけどわかってる。あいつは他の男の前では、笑うんだ。ただ、俺には笑わないだけ。
多分、俺だけが、知らないんだ。
こんなにも長い間、隣にいたのに。俺はそんな美咲を知らねえ。
大樹が本気になったって、どうでもいい。あいつが、美咲に会いたがっていたのも知っているし、学校でもずっと言っていた。
それに対して俺はバカかとずっと思ってただけだった。
なのにずっと、イライラしている自覚もある。
沙知絵が隣にいて、話をしているのに、聞こえてくるのは大樹と美咲の会話ばかりだった。
美咲が大樹に笑いかけるのを、知らず知らずに見てしまう。
見えないように移動したら、耳が美咲の声ばかりを拾ってしまう。
……なんでなのか、俺もわかんねえ。
家の前に着いて見上げると、美咲の部屋の窓が見える。
電気は消えているみたいだ。
もう、寝てるんだろうな。ちゃんと大人しくしてんのかなあいつ。ちょっと元気になったらすぐに動きまわりそうだけど。
……大樹は、どんなふうに美咲と帰って、おばさんたちに挨拶したんだろう。
さすがにもう、帰ってるだろうけど……。
「あれ? 巽じゃん」
「……よ、隆太。なにしてんだお前」
ぼーっとしてると、隆太が玄関から出てきた。
ほんと何回言ってもこいつは俺を呼び捨てにするな。
「ねーちゃんが風邪引いてるから、桃缶買ってこいって言われた」
もう、大丈夫そうってことだろうか。
風邪のときに甘いもの食うとか信じらんねえけど。
「もう、結構元気だよ」
なにも言ってないのに、隆太がニヤッと笑って言う。
……どいつもこいつも、なんでそういうふうに受け取るんだろうな。