嫌いな男 嫌いな女

「部長に買った?」

「買ったよー。嫌いだけど……まあ直属の上司だしね。お世話になってないけど、とりあえず、近くにいるのに渡さないっていうのもねー」

「だよねえ、やっぱり」


そんな会話が聞こえてきて、ふと、足を止めた。
お世話になってないけど、近くにいる、か……。

列の隣には、小さなチョコレートが並んでいる。10円のとか、50円のとか。駄菓子屋さんで売ってそうなお菓子。

目の前の女の人は「足りなかったら困るし、これも買っとこう」といくつかをカゴの中に入れた。

それにつられるように、その棚から一つ。
棒のついた丸いチョコレートを手にしてそのままレジの順番を待った。



……やばい。
答えの出ないまま、バレンタイン当日になってしまった。しかも放課後。

一応カバンに入れてきたけど……どうすれば……!


「美咲のチョコレートそのままカバンの中で腐るんじゃないのー?」

「ちょ、縁起でもないこと言わないでよ……! わ、渡す! 多分!」

「ま、頑張れー。美咲クラブでしょ? 私帰るね」


ケラケラと笑いながら由美子が私に手を振った。
帰宅部め……! 実際には手芸部だかなんだかの幽霊部員だけど。

由美子は、だれかに渡したんだろうか。
いつのまに渡したんだろう……! 殆ど一緒に学校で過ごしているっていうのに。

クラスが違うとなかなか難しい。
会いに行って渡すこともできるけれど、そうすると巽に見つかるっていうのもあるし、なにより恥ずかしい。

メールや電話で呼び出すっていう手もあるにはあるけれど、勇気が出なかった。

残すは放課後しかない。
どうすればいいんだろう……剣道部を覗いてみるとか?

渡して……私は悠斗くんになんて言えばいいんだろう。好きですって……? うわああああああ恥ずかしいよ!
< 51 / 255 >

この作品をシェア

pagetop