レンズのその先に【完】
なんでこんな話をしているかはわからない。
あたしは返事することしかできないから、いつ眼鏡を返してくれるのか、そのことで頭がいっぱいだった。
だから男のする話を真剣には聞いていなかったし、なんの話をしていたのかもさっぱりだった。
途中何度か「聞いてる?」なんて言われては、適当に返事をして。
食事がきてからもこんな感じで、もう1時間が経とうとしていた。
「眼鏡のことだけど…」
その一言にあたしは思いきり顔をあげて、ずっと言いたくて堪らなかった台詞を吐き出した。
『眼鏡、返してください!』
たったそれだけのことなのに、言い切った感があたしを包み、少し脱力させる。
ふぅ、と一息ついてからもう一度顔をあげ、視線を合わせると、男の顔は怖いくらいの笑顔だった。