レインブルー
――コンコン。
ノックの音がやけに耳奥に響いた。
もちろん応答はない。
静かな空間がそこにあるだけだ。
何を言うべきか。
かける言葉が見つからず黙っていると、背後にいた涼子が小声で言った。
「七瀬先生、藤木先生のプロポーズ断ったらしいよ」
「えっ」
俺は驚いて振り向いた。
涼子は口元に人差し指を当てながら話を続ける。
「七瀬先生は結婚より仕事をとったんだって」
意外だった。
あんなに好き合っていたのに、二人が結婚しない理由はないと思っていたから。
「…そうなんだ」
「嬉しい?」
「嬉しい、てか微妙」
「どうして?」
「それが本当だったら二人は結婚しないってことだろ?それじゃあ俺たちがしたことって一体――」
「クロ」
俺は口を噤んだ。
涼子の眼差しが俺に何かを訴えていたから。
「それは言わない約束でしょ」
「ああ、ごめん」
「とにかくそういうことだから。あたし帰るね。おやすみ」
そう言って涼子は俺の家を後にした。