真夏の深海魚
僕は一日の大半を家の中で過ごした。
もう何本目だろう。
今日は煙草ばかり吸っている。
するべきことが見つからず、手持ちぶさたなせいだろうか。

急に母親の声が聞きたくなった。
もちろん、母は僕が会社を辞めたことを知らないので、夜になるのを待ってから実家に電話をかけてみた。
母は僕の食生活をやたら心配しているようだった。
無理もない。
一人の時は大抵外食かコンビニ弁当だし、週末には彼女が食事を作りに来てくれることもあったが、今となってはそれもない。

「誰かいい人いないの?
あんたもうすぐ三十なんだから、そろそろ考えてみてもいい頃じゃない?」

「明日も朝早いから、そろそろ切るよ。」

嘘をついて電話を切った。
気のせいかもしれないが、電話口の母の声が、年々小さくなっているように感じた。
もう六十を過ぎている。
胆石か何かが原因で、二回ほど入院もしている。

十代の頃はうっとおしいだけだった母親が、
なぜかとても不憫に思えた。
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