恋愛成長記
暫く、沈黙した。
春の暖かな風が頬を掠める。すると氷室君が徐に口を開いた。


「…風歩さん…だよね?」
いきなり名前を呼ばれて、私は弾かれたように顔を上げた。
目を丸くしながら氷室君を見上げると、彼は「名前…珍しいから、覚えてた」と呟くように言った後何処かバツが悪そうに口を開いた。

「…いつから聞いてた?」
「えと…サビのちょっと前…」

問いに答えると、氷室君は視線を地面に彷徨わせた後、真剣な顔で私を見据えた。

「…誰にも言うな」
「は?」
「っここで俺が歌ってた事だよ!!」
あと、声の事も…そう小さく言い足して、また眉を顰めた。
「…氷室君、教室に居る時と声違うんだね…」
「っ…」
「どうして無理に声変えるの?私「からかわれたんだよ…中学の時」

苦虫を潰したような顔で氷室君は地面をにらみ付けて言った。

「声高ぇの、女みてぇだって…」
「そんな事ないよ!!」

苦しそうな氷室君の言葉に被せるように言葉を発した。
氷室君は何かを言いたそうに口を開きかけるが、私は構わず続ける。
「さっきの歌すっごく良かった!声がね、すぅって空気に溶けてくみたいに柔らかくて、優しくて、私感動したもん!」

先程の興奮から一気に捲し立てると、目の前の氷室君はポカンと口を開けて私を見て居た。
…そこでやっとハッとする。……何生意気言ってんの私!?

「ごめ「ッハハハハ!!」」
思わずまた頭を下げようとしたら、氷室君が高い声で笑った。今度は私がキョトンとする。
氷室君はまだおかしいのか、くつくつ笑いながら、私を見下ろした。

三日月形にしなった瞳のなんて艶っぽいこと―…
思わず見とれていると、スイッと手が差し出される。長くて綺麗な小指が立ったその手をマジマジと見ていると、グイッと手が引かれた。

「!!!」
「ほら、手、出して」

囁くような声に、肌が粟立つ。
恥ずかしくて顔が上げられないまま、言われた通りに手を出すと、小指に何かが絡み付く感覚……

「――約束な?」

指切りされた手を見て、そこから視線をあげて行くと、悪戯に笑う氷室君の顔に辿り着く。


< 12 / 14 >

この作品をシェア

pagetop