恋愛成長記
じゃぁ、どうする?
胸中の問いに、ええと・・・・と唸りながら眼前の彼を窺う。
すると、彼は先程と変わらぬ無表情のまま、ズイと何かを差し出してきたのだ。
掌サイズの手帳・・・それは言わずもがな、先程配られたばかりの生徒手帳。
通学証明書も入っている為、とても貴重なものであるのに、初日からそれを落としたらしい自分は間抜けとしか言い様がない。

「あ、すみません。有難うございます、助かりました」
そう言って受け取るが、彼はノーリアクション。
・・・・・受け取ったは良いが、私が逆に困ってしまった。
・・・『じゃあ私はコレで』と立ち去っていいものか?(失礼?)
・・・はたまた『お名前聞かせてもらえますか』?(逆ナンパ?)
・・・それとも『今日はとっても良いお天気ですね!』?(訳判らん)
どうして良いか判らず、視線を落として目を泳がせていると、再び声が降って来た。

「『風』が『歩む』で風歩(かざほ)。綺麗な響きですね」
―――――良い名前。

そう、言い残して彼は私の横をスルリと何事も無かったかのようにすり抜けていく。
ああ、そうだ。教室に行かなきゃ・・・
頭では判っていても身体が動いてくれない。

・・・・綺麗な響き?
・・・・良い名前?

初めて・・・言われた。
何度もリフレインする彼の言葉。
心地良いアルトが、耳を通って身体を巡り、巡り巡って頭に木霊する。
顔に熱が集まってくるのが判った。
やだ、ドキドキする。
・・・・・なに、これ・・・・

初めて体感する感覚に、背筋がゾワリと震えた。

その時・・・・ある独身教師が言っていた言葉を思い出す。

ワイアットは言いました。
『男は目で恋をし、女は耳で恋に落ちる』と。

――――馬鹿馬鹿しいと思っていた。
人間そこまで単純じゃないと。
理屈あってこその結論だと。
だけど、古人の格言というのも馬鹿には出来ない。
・・・・・・自分は意外にも単純だった。

―――――15の春・・・・

私は名前も知らない彼の声に、恋をした。
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