恋愛成長記
「…私には無理だなぁ」
キュッとマスカラの蓋を閉めながら朋代が呟く。
「…何が?」
氷室君をぼぅっと見つめながら問うと、彼女はしばし間をおいてボソリと言った。
「競争率高い人に恋愛感情抱くとか」
不毛じゃん?
気怠げに吐き出すと、リップを唇に一塗り。
その動作に見とれながら、私は曖昧な返事を返す。
「でも風歩は好きなんでしょ?」
声のトーンを少し落としたのは、朋代なりの気遣いだ。それに頷く事で肯定の意を示すと、「どこが?」と聞かれる。見やった彼女の大きな瞳が弓なりにしなった。
「…声」
「…あっはっ!あんたのそういう所好きだわぁ」
ただのフェチじゃん。再びケラケラ笑い出す朋代に「だって本当なんだもん」と言えば、ヒーヒー言いながら両手を叩いて笑っている。
「普通っ顔、とかでしょっ」
「顔ォ?」
「大概の子はそうでしょっ…あとは良く『あのクールな感じが好き』て言われてる、し」
笑いながら、それでも朋代が一気に話す。取り出したペットボトルのお茶をグイッと飲み干すと漸く落ち着いたのか、ふう、と一息ついた。
そんな朋代に今度は私が問う。
「じゃあ朋代はどんな人が好きなの?」
「私?私は…想う恋愛は嫌だなぁー」

んー…と考える仕草を見せながら、にっこり笑って朋代が言う。

「…どういう意味?」
「だからさ、好きになった人とは付き合わないって事。私の事を好きって言ってくれる人とだけ付き合ってくわけさ」
―――その方が、
「もし別れる事になった時、後腐れないじゃない?」
そう言った朋代の声は何処か、寂しげだった…。
「で、でもさ、それって寂しくないの?好きな人が他の子と付き合っちゃったら「悲しいよ?」

私の言葉を遮った、小さな声。
「だけど好きな人と付き合ったとしても、もし別れるような事になったらもっと悲しい」
だから…
そこまで言って、朋代は話すのを止めた。
少し陰り始めた彼女の表情だったが、名前を呼ぶと、いつもの笑顔を張り付けた顔で私を見る。
「…朋代?」
「ね、風歩は何部に入る?」
「…へ?」

「私、どっかの部活のマネジやろっかなぁ」
「……………」
ねぇ、朋代、さっき何て言おうとしてたの?
聞きたいのに、聞けない。朋代を纏う空気がそれを拒んでいる気がしたから。

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