異風人
異風人

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あなたも、ここに登場する大学教授と同じ病に冒されていませんか?

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 斎藤吉平は、大学教授である。隣近所では一段と高い踏み台に上がって、回りを見下ろしていた。「先生、先生」と言われて、ふんぞり返っているその姿は、いかにも雄姿風である。道ですれ違った隣の奥さんは、わざとらしく深々と腰を折ってお辞儀をし、吉平は、軽く会釈で応える。その姿は、威厳を保つには十分であった。隣の奥さんには、いささかの違和感もない。これが吉平を取り巻いている永年の、生活環境である。この病は、治り難い。
 隣近所から一歩離れて、電車の吊革につかまっていた吉平は、慣性力が作用して、隣の若い女性に接触した。その若い女性は、吉平をにらみつけ、「くそ親父」と吐いた。「失礼」と一言いえばことは丸く収まるのであるが、吉平の病が邪魔をしたのである。

「私に向かって、くそ親父とはなんだね君」
「私の体に触ったでしょう」
「私は大学教授だよ君」
「だからって何よ」
「偉い人や目上の人には、敬意を払うべきだよ君」
「何処のお偉いお方だかなんだか知らないけど、いやらしいわね、いい歳をして」
「今ごろの若い者は、偉い人に対する礼儀というものを知らない」
きっぱり言い切ったものの、半ば、太刀打ちできなくなった吉平は、辛うじて威厳を残し、女性は、断固として、一歩もあとに引かなかった。深手を負った吉平は、大いに腹を立てた。これを引きずって吉平は、大学の門をくぐったのである。
何時もの吉平であれば、予定通り教科書を開き、要点を黒板に書き、そして、その要点に知識を付加するのである。試験ともなれば満員である広い教室は、何時ものように疎らであった。犠牲者が吉平の講義を一応聞くために貴重な遊び時間を費やし、試験に出るであろう黒板に書かれた要点と、付加された知識とやらをノートするために集まった学生達である。今日の吉平は、何時もとは違った。吉平は、わざとらしく格調高い口調で語り出したのである。




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