異風人
 鼻をへし折られた吉平は、興奮していた。相手を失った吉平は、力が抜けた面持ちで、寝室へと向う。その姿からは、威厳が失せ、蝉の抜け殻のようである。吉平の脳みそは、冴えていた。目を閉じても、頭の中の脈拍は止まらない。吉平の頭の中では、伊沙子のことよりも、波紋のことが浮き沈みする。波紋の論理は、小夜も理解した筈だ。伊沙子の邪魔が入らなければ、小夜はきっと、私の講義をもっと聞きたかったに違いない。幸いにして、伊沙子の外出が多い。小夜に講義する機会は、いくらでもある。明日の講義で、学生諸君にもこの論理を伝えなければならない。自分にそう言い聞かせた吉平は、朝方になって、ようやく脈拍も収まり、眠りに入ったのである。
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