Night Walker
「お久しぶりです、扇様。今日はどう致しました?」

「ドラク…近松先生は?」

「ただ今、患者が先生の診察をお待ちです。その後でよろしいですか?」

「ん。かまわないよ」


うなづく津那魅に『もしかしてあんたも病人か?』と問いたくなる程、青白い顔の金髪女が、受付で対応をしていた。

言い忘れていたが、ドラクはこの新宿に診療所を構える医者である。

吸血鬼の長が、医者を営んでいる。

これ程、滑稽な話は無いだろう。

彼らは、直接人から血を吸う事はない。

生き血と言えば決まって動物の血で、人の血はもっぱら輸血用のパック物だ。

この帝都に吸血鬼達が居続ける為に、津那魅と交わした誓約が、上記に上げた条件だった。

これを守れなければ、国外退去あるいは粛正される。

勿論、人を殺めれば即、粛正が待っている。

人が人を殺めるこの御時世に、厳しい処罰だと思われるだろうが、人を捕食する化者(けしゃ)が多いこの世界で、魔物に制限をかけていない国など無い。

彼らは、誓約があるからこそ、太陽の下、大手を振って歩けるのだ。

勿論、たまに誓約を守る事が出来ない馬鹿もいるが。

そいつの末路など、言わずもがなだ。

吸血鬼が血を手に入れるのに、合法的で手っ取り早いのが、医者になる事。

それが、血がなければ生きられない彼らの、精一杯の譲歩だった。


「久しぶりだね、扇くん。今日はどんな用件かな」

「ふうん……診察に来たとは思わないんだ」


悪態を付く津那魅の前に現れた人物は長身の30代前半の男。

長めの金髪に津那魅より頭一つ分は高い。

受付嬢と同じく、青白い顔と赤い唇が目立つ、見た目好男子な男だ。


「自然治癒力の強い君に、医者が必要かね? 私の下に来た理由は別の事だろう。新入りの情報かい?」

「ふ……ん……察しが良い奴は嫌いじゃない。だが、良すぎるのも厭味になるな」


普段以上に、尊大な態度に出る津那魅に、医者は肩をすくめる。


「お褒めにあずかり光栄だよ」


と、ともすれば厭味になる言葉を、医者はさらりと言ってのけ、そつない微笑で厭味をオブラートに包み込む。

癖の有る男だ。


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